【将棋】大山康晴って本当に強かったんですか?
大山の棋譜を並べていて、思ったのですが本当に大山康晴って強かったんですか?
将棋世界で前に見た記事では「序盤はわざと悪くするような指し方をしていることがある」という下りがありましたが、
それにしても中盤以降は相手が勝手に崩れるような将棋が多く、
もっと、プロらしい指し回しをする棋士がもう少しいれば果たしてタイトル獲得80期などというとてつもない
偉業は達成されなかったのではないかと思うのですが、どうでしょうか?
例えば、大山全盛期に、全盛期の羽生・谷川・渡辺・深浦・佐藤・森内・久保・中原・米長などがいたらどうだったかということです。
大山は、生まれた時代がよくて80期獲得できたんだと思うんですが・・・・
(単に周りに強い人がいなかったからタイトル80期も取れたということ)
考えを教えてください。
よろしくお願いします。
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将棋史上、羽生が最強だと思います。大山は2番手以降だと思います。
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将棋の棋譜は盤上の様子を記した記号だから、対局場の雰囲気や対局者の雰囲気、駒を指すときの音、対局者の駒を指す以外の行動を伝えられません。
おそらく大山康晴は純粋な将棋のゲーム(ルールとか駒の動かし方)だけではなく、対局者との面と向かった時の気迫とか、対局中の会話で相手を心理的に追い込んだりとか、そのようなゲーム以外の部分を総合して強かったのではないでしょうか。
おそらく棋譜にの「中盤以降は相手が勝手に崩れるような将棋が多」いのは、純粋なゲームとしての将棋以外の部分が現われているのだと思います。
大山全盛の時代に「羽生・谷川・渡辺・深浦・佐藤・森内・久保・中原・米長」がいたら、どうなっていたかというと、たぶん誰も分からないでしょうね。
人と人との相性はだれも想像できませんから。
また、「単に周りに強い人がいなかったからタイトル80期も取れた」と考えることもできますが、大山が自身の周囲に強い人が生まれないように様々なリスクに対して手を打っていた可能性は否定できません。このように自分が狙った結果を実現するマネージメント能力は、純粋にゲームの強さを追求する人からすれば姑息な手段のように思われますが、自分の実力や相手の弱点などを正確に理解していないとできないことであり、その能力は評価に値すると思います。
以上、ゲームとしての将棋と、マネージメント能力が要求される将棋など、それらを総合して80期のタイトルを獲得したという結果が残っているわけですから、やはり強かったのだと思います。
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簡単に言えば今とむかしでは将棋のレベルが全然ちがいます。
もし昔に今の羽生がいたら確実に羽生がダントツでしょう。
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強かったか?と言われれば間違いなく大山十五世名人は強かったでしょう。
見えない力・・・とでも言うのでしょうか?相手を惑わせる、悩ませる手を指すのが上手かったそうです。
伝説の真剣師小池重明氏も似たような感じで、棋譜を並べただけではそれほど強く感じませんが、実際指すと鬼のように強く感じました。
現代は定跡の研究も進み、棋士の層もかなり厚いので、大山十五世名人が全盛期の強さで現代に現れてもタイトル80期を取るのは不可能だと思います(但し現代将棋の勉強をすればトップ棋士として十分活躍できる力はあります)
とは言っても一時代を築いた棋士ですし、会長として関西将棋会館設立に力を尽くした方でもありますので、時代が・・・というのは辞めて将棋界の偉人として尊敬してあげてほしいなと思います^^;
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大山十五世名人が史上最強という説もあるみたいですよ。A級棋士のまま亡くなったというのはすごいと思います。何歳だったかちょっと忘れましたが、確か、亡くなる2ヶ月ぐらい前までA級プレーオフを戦っていたというのは驚く他ありません。比較はできないとは思いますが、元第一人者の谷川浩司九段が現在48歳でA級棋士に4割ちょっとしか勝てていないのを見ると、やっぱ大山十五世名人はケタ違いだと思います。
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大山康晴先生は、最強だったと思います。
”80点の手を続ければ相手が転ぶ”で、囲碁の世界で言えば、韓国の李昌鎬に近いと思います。
また、”最初のチャンスは見逃す”で、より優勢になってから、勝ちに行くの手法で80期獲得になったと思います。
羽生さんも、昔の棋譜で価値があるのは、大山×升田戦といっているとおり、評価は不朽です。
将棋の場合、研究の積み重ねがあり、後世のほうが優位に見えますが、大山先生が現在に来て、3年も研究すれば
羽生さん渡辺さん藤井さんとも互角以上の戦いを演じるのは間違いないところです。
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以前に回答したもののコピーです。大山名人の主な相手は木村、塚田、升田、加藤という名人級の人達でしたから、周りに強い人がいなかったということはありません。言えるのは盤上の技術ばかりではなく、心理戦に長けていたことです。強さの秘密は以下。
「将棋は悪手をより多く指した方が負ける」という、ゲームの本質を見抜いていたことに尽きます。「私も3回間違えるけど、あなたを4回間違えさせますよ」という将棋でした。ある棋士は「大山名人は催眠術を使う!」と信じ、面と向かって対局することを避け、一手指しては控え室に行き、記録係が呼びに来たらまた対局室に戻って指す、ということを繰り返していたそうです。催眠術はオーバーにしても、最善最強を求めず、時には故意に悪手を指し、相手を思考の迷路に引きずりこみ、紛らわしい局面に誘導する術にたけていたと思われます。人間心理の洞察力に長じていた、とも言えます。ある本にはこう書いてあります。「なんでも同歩と取る。素人臭い手をやってくる。だから簡単に序盤でこちらが優勢になる。中盤でA,B,C,3つの選択肢があり、どれを選んでも勝てそうに思える。しかし現実はAを選べば優勢を維持し、Bは形勢不明、Cは確実に逆転するという構造になっている。そういう局面を一局に何度も何度も意図的に作り出す。そしてついには疲れ果ててCを選んでしまう」と。これが中原名人に対して通用しなかったのは、中原氏が良い意味での精神の鈍感さを持ち合わせていたからではないでしょうか。羽生名人は大山将棋を並べて「強さの秘密がわかった」と言っています。どのようにわかったのか?それを技術的に説明してもらっても、私には、そしてあなたにも、永遠にわからないでしょう。
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"koregasinzitu"とやらが言っている事は何の根拠も無い嘘っぱちなので、気にしないで下さい。(判っていらっしゃるとは思いますが、念の為) コヤツは囲碁を賞賛する割には、囲碁関連の質問、回答は一切せず、ひたすら将棋を貶める発言を繰り返すだけの輩です。
大山十五世名人の全盛期にも、升田実力制第四代名人、加藤(一)九段、二上九段ら 天才がしのぎを削りあっていました。
「序盤をわざと悪く指す」というくだりですが、これも意味が少し違うと思います。私的には 大山先生にとっては「こう指しても一局でしょ!?」程度の考えでしかなかった様に思えます。(逆に言えば、中盤の捌き~終盤の速度計算で序盤の小ミスはカバーできる、とも思っていたのでしょう) 当時は今ほど定跡が整備されておらず、全体的のおおらかだったという背景も影響していると思います。(定跡が整備され、序盤の重要性が増したのは、羽生世代が台頭してきた頃からだったと記憶しています)
当時の歴史的な背景(情報網の充実度)等を考えても、異なる世代の棋士同士の力量を測る事など出来ませんし、特に過去の棋士については現代の感覚で見返して ようやく粗がわかる程度のものですので、意味が無いと思います。(当時はそこまで踏み込んだ研究が出来る環境に無かった)
大山先生のタイトル獲得80期という実績は、誰が何と言おうと 私は素晴らしいものと確信しています。
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あの頃は、(今もですが)大山が勝つように最初からなっていたんですよ。
最初に、棋譜を用意しておいて、適当に時間を使って棋譜の通りに指しているだけです。
将棋界は、そういう卑怯な事をやっています。
今のタイトル保持者も、タイトル戦の前にどちらが勝つかを決めて棋譜を作っています。
後は、適当に時間を使って棋譜の通りに指すだけです。
本当は、もうとっくに羽生・佐藤・森内などは衰えています。
その人達がいなくなると、将棋を見る人がいなくなるので(もともと、ゲームとしては面白くないので)強いことにしています。
そのほかにも、コンピュータ将棋はとっくにトッププロを凌駕しています。
将棋界は、それすらも隠しています。
未だに、自分たちが強いと思いたいみたいです。
今では、コンピュータに勝てる人間はいないのですがね
囲碁では、そのような事がないです。
すべての勝負がちゃんとしています。
そのへんも、将棋より囲碁のほうが上といわれる理由です。
将棋界は、自分たちのしていることを反省したほうがいいのではないでしょうかね?
貴方も、今からでも遅くないので、将棋をやっている人は囲碁を始めた方がいいと思いますよ。
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